- 解説一覧
- アザラシ科(Phocidae)について
基本情報
- 人間との関係
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人間とアザラシ類との関係は、漁業者と動物との競合関係である。動物が漁業に与える影響は3種類に分けられる。
第1は、漁業者にとってもっとも目につく被害であるが、網やその中の魚に対する被害である。定置網にサケのような高価な魚が入っている場合、その被害は甚大である。
第2の被害は、魚の潜在的な資源に対するアザラシ類の捕食圧である。この場合の被害量を算定するのは非常に困難である。捕食者の頭数を把握し、その捕食量を推定するのが困難であるだけでなく、捕食量がどう漁獲量に影響するかを算定するのが極めて困難だからである。アザラシ類の捕食活動が漁業者の漁獲量に影響を与えると考えるのは自然だが、その影響を実際に数字で算出することは極めて難しいことである。しかし、それにも関わらず漁業に対する影響を減らすために殺されたり、間引かれたりすることがしばしば起こっている。
第3は、彼らが食物とする魚で最終幼生期をすごす寄生虫の宿主になっていることである。一番よく知られている例は、コッドワームと呼ばれる寄生虫である。この寄生虫はアザラシ、とくにハイイロアザラシの胃内に成虫として生息し、幼生期をタラや、タラと似た魚の小腸や筋肉に寄生して過ごす。もしタラにこの寄生虫が多く見つかれば、タラの商品価値は下落する。この寄生虫は、イギリス周辺でのハイイロアザラシの増加とともに1970年まで増加した。しかし、その後アザラシはなお増加しているのに、寄生虫の汚染が増加してきたという証拠はない。
商業活動や、漁業に及ぼす被害を防ぐという立場からのアザラシ類の捕殺は慎重になったが、人間の活動はやはりこの動物にさまざまな悪影響を与えうる。巻網漁業(大きな網で魚群を巻いてとる漁業)やトロール漁業は往々にして魚と一緒にこのアザラシ類を捕らえてしまう。また捨てられたまま腐食せず、長期間海に漂う合成繊維の漁網に絡まって死ぬ場合もある。
おそらく漁業が与える最も大きな影響は、アザラシ類もその一員である生態系に与える打撃である。しかし、漁業活動がアザラシ類に悪い影響を与えてきたという直接的な証拠は見当たらない。アザラシ類が食べる1つの魚種が漁業によって減少しても、ほかの種に食物を転換することができる。しかし、人間がさらに効率的な漁業を行い、魚資源を根こそぎ漁獲すれば、彼らの食物となる魚種がなくなってしまうということもあり得る。
参考文献
- W.N.ボナー 1986 アザラシ・アシカ類(鰭脚目)総論, R.ギャンベル(著) 大隅清治(監修) D.W.マクドナルド(編) 動物大百科2:海生哺乳類. 平凡社. 86-99.
最終更新日:2020-05-13 ハリリセンボン
形態
- 成獣の形質
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海中採餌と遊泳に適応するため、ひれ状化した四肢をもつしなやかな流線形の体は鰭脚目の仲間、すなわちアシカ科の仲間を含めた広い意味でのアザラシ類(シール類)の絶対的な特徴である。抵抗を少なくするため、突出部がなくなり、耳は小さくなるか完全に消失している。
体色は褐色を帯びた灰色~黒色で、なんらかの目立つ斑紋が全身にある。
雄:睾丸が体内におさまっており、外からは見えない。ペニスはペニス鞘に収まっており、体外に突き出てはいない。完全に体内にあるアザラシの睾丸は、後あしのひれに発達している血管網を、通ってきた血液によって冷やされており、体熱によってその機能が失われないようになっている。
雌:雌の乳首は普段は皮膚の中に隠れ、乳房も皮下脂肪中に薄く広がる。乳腺も腹部に面上に広がっており、乳を活発に出しているときでも体の外側に突き出ることはない。
参考文献
- 新妻昭夫 1996 鰭脚目総論, 森恭一(著) 日高敏隆(監修) 伊沢紘生、粕谷俊雄、川道武男(編) 日本動物大百科2:哺乳類Ⅱ. 平凡社. 88-90.
- W.N.ボナー 1986 アザラシ・アシカ類(鰭脚目)総論, R.ギャンベル(著) 大隅清治(監修) D.W.マクドナルド(編) 動物大百科2:海生哺乳類. 平凡社. 86-99.
最終更新日:2020-05-13 ハリリセンボン
- 幼獣の形質
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新生児は特殊な新生児毛で覆われている。この新生児毛は非常に柔らかい毛足の長いふさふさした毛で、そのあと生え換わる毛と異なった色をしている。新生自毛は2~3週間で脱落するが、このころまでには皮下脂肪が増してきて、体熱の放散に対処できるようになっている。驚くべきことに、ゼニガタアザラシなど一部の種では、まだ母親の子宮内にいるときに新生児毛が脱落する。
参考文献
- W.N.ボナー 1986 アザラシ・アシカ類(鰭脚目)総論, R.ギャンベル(著) 大隅清治(監修) D.W.マクドナルド(編) 動物大百科2:海生哺乳類. 平凡社. 86-99.
最終更新日:2020-05-13 ハリリセンボン
生態
- 食性
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一般に幅広い食性をもっているが、種によっては極端に偏る。
ヒョウアザラシではオキアミ、魚、海鳥、ほかのアザラシ・アシカの子どもまで幅広い食性をもつが、カニクイアザラシの食物の94%は、小さなエビに似たナンキョクオキアミという甲殻類である。またミナミゾウアザラシとロスアザラシはほとんどイカを、アゴヒゲアザラシは二枚貝など、底層に住む無脊椎動物を主に捕食する。
あごと歯は食物を噛むことより捕らえるのに適しており、たいていの獲物はそのまま丸飲みにし、大きな獲物の場合はねじ切って飲み込む。
参考文献
- W.N.ボナー 1986 アザラシ・アシカ類(鰭脚目)総論, R.ギャンベル(著) 大隅清治(監修) D.W.マクドナルド(編) 動物大百科2:海生哺乳類. 平凡社. 86-99.
最終更新日:2020-05-13 ハリリセンボン
- 天敵
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シャチ、ホオジロザメが天敵である。そのほかに天敵はいない。
参考文献
- 新妻昭夫 1996 鰭脚目総論, 森恭一(著) 日高敏隆(監修) 伊沢紘生、粕谷俊雄、川道武男(編) 日本動物大百科2:哺乳類Ⅱ. 平凡社. 88-90.
最終更新日:2020-05-13 ハリリセンボン
- 生殖行動
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陸上で繁殖するものもいるが、主に氷上で繁殖する。繁殖期には強い匂いを発する。多くの場合、雄は雌より数日ないし数週間早く繁殖場に現れ、なわばりを海岸に構える。雌は、前年の繁殖期に身ごもった胎児を出産する直前に、繁殖場にやってくる。陸上には捕食者が多く、鰭脚類は陸上での運動能力が優れていないので、捕食者のいない小島や岩礁が繁殖場所に選ばれる。とくに出産・育子期の雌は行動が制限されるため、場所を慎重に選ぶ必要がある。おそらく、自分が産まれたところ、つまり母親が出産・育子に成功した場所が最適であろう。さらに集団が大きいほど安全性が高まるため、多数の雌が集合し、同調して出産することになる。
受精卵は最初は胚盤胞と呼ばれる細胞が中空のボールを形作る段階まで発生が進む。そしてその胚盤胞は、新生児への授乳期が終わるまで子宮内で発生を休止させた状態でいる。ふつう授乳が終わるのは、生後4ヵ月かもう少し早いかである。この休止卵の状態が終わると胚盤胞は子宮壁に着床し、胎盤ができ、ふつうの発育を始める。このような現象は着床遅滞と呼ばれる。この着床遅滞によって、アザラシ類は出産と交尾を同時期に行い、危険にさらされる可能性が大きい陸上での繁殖期を短縮できる。
参考文献
- 新妻昭夫 1996 鰭脚目総論, 森恭一(著) 日高敏隆(監修) 伊沢紘生、粕谷俊雄、川道武男(編) 日本動物大百科2:哺乳類Ⅱ. 平凡社. 88₋90.
- W.N.ボナー 1986 アザラシ・アシカ類(鰭脚目)総論, R.ギャンベル(著) 大隅清治(監修) D.W.マクドナルド(編) 動物大百科2:海生哺乳類. 平凡社. 86-99.
最終更新日:2020-05-13 ハリリセンボン
- 出産
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出産はごく短時間で終わる。それは幼体の形が魚雷型をしているため、頭からでも尾の方からでも同じようにするりと生まれるからである。産み落とされるのは1頭である。双子は胎内でうまく発育しないらしいが、極めてまれに起こり得る。数週間の子育てが終わった離乳の前後に交尾を行う。
参考文献
- 新妻昭夫 1996 鰭脚目総論, 森恭一(著) 日高敏隆(監修) 伊沢紘生、粕谷俊雄、川道武男(編) 日本動物大百科2:哺乳類Ⅱ. 平凡社. 88₋90.
- W.N.ボナー 1986 アザラシ・アシカ類(鰭脚目)総論, R.ギャンベル(著) 大隅清治(監修) D.W.マクドナルド(編) 動物大百科2:海生哺乳類. 平凡社. 86₋99.
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- 子育て
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ふつう、母親が乳を与えるのは出産から数時間してからであり、授乳パターンはさまざまである。
氷上で繁殖するアザラシ、例えばタテゴトアザラシの授乳期間は、わずか9~10日間で終わる。ほかのアザラシ類の授乳期間はさらに長く、ハイイロアザラシやゾウアザラシでは3週間、ワモンアザラシでは6週間かけて行う。多くのアザラシ類の母親は、授乳期間中は食物をとらない。授乳期の終わりに母親は発情期に入って交尾をし、子どもは突然乳離れをさせられ放置されてしまう。
参考文献
- W.N.ボナー 1986 アザラシ・アシカ類(鰭脚目)総論, R.ギャンベル(著) 大隅清治(監修) D.W.マクドナルド(編) 動物大百科2:海生哺乳類. 平凡社. 86₋99.
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- 特徴的な行動
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移動手段(陸上・氷上):後ろびれは曲げることができず前びれも小さいため、陸上や氷上では腹ばいで移動する。
移動手段(水中):水中では、前あしのひれを遊泳に使うことはほとんどなく、推進力は左右の後あしのひれを交互に動かすこと(ストローク)によって生み出している。内側に向かうストロークでは、水かきを拡げることによって最大量の水をとらえ、返しのストロークでは閉じることによって水の抵抗を減らす。このひれのストロークには、胴体部後方の水平方向に波打つような運動が連動している。ふつう、遊泳中、前あしのひれは体の側面にぴたりと密着させている。しかし、ゆっくり泳いでいるときの位置調整のために、前あしのひれを使うこともある。
参考文献
- 新妻昭夫 1996 鰭脚目総論, 森恭一(著) 日高敏隆(監修) 伊沢紘生、粕谷俊雄、川道武男(編) 日本動物大百科2:哺乳類Ⅱ. 平凡社. 88₋90.
- W.N.ボナー 1986 アザラシ・アシカ類(鰭脚目)総論, R.ギャンベル(著) 大隅清治(監修) D.W.マクドナルド(編) 動物大百科2:海生哺乳類. 平凡社. 86-99.
最終更新日:2020-05-13 ハリリセンボン
- その他生態
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水温はアザラシの体温(37℃前後)に比べてかなり低いため、密生した毛と厚い皮下脂肪が断熱材となっている。反面、陸上では体温が高くなりすぎる危険があるので、水際から離れることができない。
髭がよく発達している。またこの髭の根元には神経細胞がよく発達しており、触覚器官として機能していると考えられる。聴覚は極めて敏感である。とくに水中音声レパートリーがかなり豊富なことが近年明らかになりつつあり、音声コミュニケーションが発達しているものと推測される。新しい毛の発育を促す必要があることから、血液の供給を増やさなければならない。しかしそれはまた、体熱の損失をも促すことになるため、たいていのアザラシは、換毛期の間はほとんど水中に入らない。
参考文献
- 新妻昭夫 1996 鰭脚目総論, 森恭一(著) 日高敏隆(監修) 伊沢紘生、粕谷俊雄、川道武男(編) 日本動物大百科2:哺乳類Ⅱ. 平凡社. 88₋90.
- W.N.ボナー 1986 アザラシ・アシカ類(鰭脚目)総論, R.ギャンベル(著) 大隅清治(監修) D.W.マクドナルド(編) 動物大百科2:海生哺乳類. 平凡社. 86₋99.
最終更新日:2020-05-13 ハリリセンボン